塾長のエピソード(センター試験当日編)
こんにちは。岐阜県揖斐郡池田町の「のぞみ塾池田校」塾長の森です。
池田町・揖斐川町・神戸町を中心に、地域のお子さまに寄り添った個別指導塾を運営しています。今回は「塾長の経歴(センター試験当日編)」について書いてみたいと思います。よろしければ「幼少期・小学生編」「中学1年生編」「中学2年生編」「中学3年生編」「高校入試当日編」「高校1年生編」「高校2年生編」「高校3年生編」も読んでみてください。
「幼少期・小学生編」はこちら
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高校3年生も終盤に差し掛かり、いよいよ年明けのセンター試験が見えてきました。秋から冬にかけては、とにかくセンター試験対策の勉強をやっていた覚えがあります。過去問や練習問題集をひたすら解き、少なくともそれなりの手ごたえを感じていました(特に国語の現代文)。ただ、逆に言うとそれ以外のことはよく覚えていなくて、いつの間にか年越しをして、あっという間にセンター試験当日がやってきました。1日目の当日は朝から軽く雪が降っており、帰る頃には大雪だったのでバスで帰るのが大変だった覚えがあります。
結論から言うと、よりによって国語でつまずいて、終盤まで厳しい戦いを強いられました。国語の現代文のうち、前半の評論はすんなり解けたものの(実際に50点満点)、後半の小説で苦戦して古文も振るわず、漢文でかろうじて取り戻したものの(50点中40点)、終わってみれば200点満点中の146点しかとれず、「センター試験の国語でアドバンテージを取る(神戸大学を受ける前提での作戦)」は脆くも崩れ去ったのでした。英語はまあまあ、数学I・Aはやはりダメ、数学Ⅱ・Bはわりと簡単でしたが、化学I・Bもダメ、地理Bもダメでした。
ちなみに改めて点数や偏差値を確認したら(探したら当時の成績表が残っていました)
・英語:164点(200点満点)、偏差値64.0
・数学I・A:76点(100点満点)、偏差値54.4
・数学Ⅱ・B:92点(100点満点)、偏差値59.8
・国語:146点(200点満点)、偏差値64.1
・物理I・B:88点(100点満点)、偏差値56.9
・化学I・B:62点(100点満点)、偏差値50.4
・地理B:65点(100点満点)、偏差値50.3
・現代社会:75点(100点満点)、偏差値64.2
といった感じだったので、英語と国語(と現代社会)が案外できていて(偏差値64程度)、数学や理科の理系科目で振るわない(偏差値60に届かず)という、やっぱり文系脳な結果でした。でも今改めて見ると、まあ当時としては頑張ったのかな、という感じです。理科と社会を1科目ずつ選択した場合(良い方の点数を採用)では、800点満点中641点、偏差値62.1、そのケースでの順位は受験者総数の237,883名(約24万人弱)中で27,393番(約27,000番)でした。残念ながらあと一歩で上位10%には届きませんでした。
なんやかんやありましたが、最終的にセンター試験の結果自体は悪くなかったです。実際に志望校判定でも前期第一志望の神戸大学でB判定以上、前期第二志望の広島大学や後期第一志望の金沢大学、最後の第四志望の静岡大学では全てA判定が出ていました。ちなみにこの時点では静岡大学の「し」の字も頭にはありませんでした。物理の教科担任だったT先生がたまたま静岡大学出身だったからとりあえず静岡大学にした、という程度です。まさか最終的にそこに行くとは思いもしませんでした。
高校入試の時は「最初の国語の作文でミス、その後開き直った結果、無事合格」というドラマがありましたが、実はセンター試験でも最後の最後にドラマがありました。
それが「現代社会」です。
当時の北高では、基本的に理系は歴史ではなく、地理でセンター試験に臨む方針になっていました(日本史や世界史は最低限の授業しか受けていません)。地理の教科担任はT先生という先生でしたが、なかなかの熱血漢で熱心に授業をしてくれました。ただその時期の僕はまだ眠気や体調不良の問題が解決していなかったこともあり、地理の力はなかなかつきませんでした。歴史と同じく、公民系の科目も一緒で、最低限の授業しかありませんでした。「現代社会」はセンター試験の科目としてはあったものの、ノーマークで当然受験勉強も何もしておらず、たまたまセンター試験の2日目の最後の科目だったので、「記念受験」みたいなノリでなんとなく受けたのでした。
ところが、いざ解き始めると想像以上に解けていく?のがわかりました。簡単というかなんというか、勉強はしていなかったけれど、なんとなく答えが見えてくる感じだったのです。センター試験はマークシートの選択式ですが、どの問題も「2択」までは絞れるような手ごたえがありました。「あれ、これひょっとしていけるかも…」と試験中に考え始め、それからは全精力を注ぎこんで解き進めました。最終日の最後の科目だったので、これもある意味開き直って、出せるものは出し尽くせる状況であったのもあります。正直、その時のセンター試験のどの教科よりも集中して頭をフル回転させていました。国語の現代文で鍛えた読解力と地理Bで勉強した内容、それと自分自身が持っている時事問題の知識を総動員して解いていました。
その時、思いもよらず役に立ったのが、普段新聞で読んでいた「政治・経済」系の知識(特に時事問題)でした。当時は朝ご飯のトーストを食べながら新聞のスポーツ欄と政治・社会面を読むのが日課?になっていました。スポーツ欄は野球が好きだったので前日の野球の試合結果を読んでいて、これは高校生には珍しいことではないと思いますが、同時に政治面や社会面の記事も読んでいたのです。その当時は「学級崩壊」「いじめで自殺」というのが大きな社会問題になっていて、それに興味があったというか、両親が教員だったこともあり、自然と目を通すようになっていました。こうして知らず知らずのうちに、政治や社会、時事問題について、勉強しなくてもいつのまにか知識がついていたのでした。
運よく?それらが役に立ち、国語の読解力・地理の知識・新聞の時事知識を総動員した結果、初めての現代社会の試験で「75点(偏差値64.2)」も取れてしまったのです。地理Bが62点で偏差値も50.3だったので、思わぬ形で13点上積みできたのです。これは結構大きかったです。これが、僕がいつも言っている「最後まであきらめるな」という言葉の意味で、僕自身の実体験によるものです。
こうして最後に燃え尽きて、センター試験が無事終わりました。
ただ、僕の大学受験はこの時がピークで、その後は雪崩をうったようにみるみる崩れていくわけですが、それは次回にしたいと思います。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。塾長の私の人となりを知っていただけると幸いです。もし興味をもっていただけたら、ぜひ下記までお問い合わせください。
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